001 建築 広勝寺 今日の広勝寺は霍山の上下に分かれているが、唐代の文献には育王塔の古基が一か所現れるのみである。その後、霍泉のほとりに屋宇が現れ、山の南麓に仏殿が営まれ、山頂には琉璃塔が再建された。嘉靖十三年、王世隆は兵を率いて赴援する途上、塔の下で飯を用い、事が平らぐと詩を塔壁に刻した。碑の上に「上寺、下寺」の名が明確に現れるのは康熙年間に至ってからである。現存する飛虹塔は、達連が正徳から嘉靖年間にかけて建立を主導したものである。 北周 · 山西 · 山西省臨汾市洪洞県 →