001 建築 観星台 後世の文献は、古代の陽城における測景の伝統を西周の周公にまでさかのぼらせる。唐代にはここに石表が立てられ、元代には高さ四丈の表式観星台が築かれた。1930年代、中国営造学社の研究員・劉敦楨による調査が砲撃前の実測図と写真を残した一方、学社が委託された修復計画は戦火の急迫により実現しなかった。1944年の豫中会戦では日本軍の砲撃で台上東室が崩壊し、1975年の修復後も東壁に二つの弾痕が残されている。 西周 · 河南 · 河南省登封市告成鎮 →