001 建築 玄妙観 唐の玄宗の国家道教制度により蘇州の城に開元宮が置かれ、宋代に天慶観と改額され、幾たびも兵火に遭いながら朝廷の再建を得た。元代には一人の婦人が簪珥を捐てて三門を修め、明代には弥羅宝閣再建のための木筏が江上で吹き散らされたが、碑記は漂木がその後すべて集まったと伝える。観前はまた数百の織工が日々仕事を待つ場となった。清代に円妙観と改称されて南巡の祝寿壇場となり、1912年に弥羅宝閣は焼失したが、南宋の三清殿は今日まで残っている。 唐 江蘇省蘇州市姑蘇区 玄妙観 · 円妙観 · 真慶道院 →