001 建築 広勝寺 今日の広勝寺は霍山の上下に分かれているが、唐代の文献には育王塔の古基が一か所現れるのみである。その後、霍泉のほとりに屋宇が現れ、山の南麓に仏殿が営まれ、山頂には琉璃塔が再建された。嘉靖十三年、王世隆は兵を率いて赴援する途上、塔の下で飯を用い、事が平らぐと詩を塔壁に刻した。碑の上に「上寺、下寺」の名が明確に現れるのは康熙年間に至ってからである。現存する飛虹塔は、達連が正徳から嘉靖年間にかけて建立を主導したものである。 北周 山西省臨汾市洪洞県 仏教建築 · 北周 · 唐代 →
002 建築 玉泉寺 隋の開皇年間、晋王楊広は天台宗の高僧智顗のために当陽の玉泉山に道場を営建した。北宋の嘉祐六年、郝言と伯母の韓氏が鉄を寄進し、両浙の工匠が十三層の仏牙舎利宝塔を鋳成した。宋末の戦乱の後、寺院は一時「日に廃敗を加え」たが、元代に広鋳が殿閣を再建した。万暦三十年、僧の正誨が大殿の修築を発願し、居士の任乘舟が助修に加わった。現存する大殿にはなお元代の下檻と明代の斗栱が残る。 隋 湖北省当陽市 玉泉寺 · 玉泉鉄塔 · 玉泉山 →