001 石窟 キジル千仏洞 研究者はキジル最古の開削時期を紀元三世紀末まで遡らせるが、直接の紀年を刻む碑記は一つも見つからない。インド・ガンダーラ・イラン高原の仏教図像はシルクロードを経て亀茲に至り、洞窟の壁面に描かれた。玄奘の西行、悟空が梵経を携えて東帰したことは、亀茲を僧侶と経典が往還の途上で出会う一つの拠点とした。千余年の後、『回疆通志』はなお「洞数百あり」と記すが、壁上の五色の諸仏はすでに「糢糊として剥落」していた。 西晋 新疆ウイグル自治区アクス地区バイ県キジル郷 キジル千仏洞 · キジル石窟 · 石窟 →
002 建築 大雁塔 大雁塔は西安の大慈恩寺内に位置する。『遊城南記』によれば、唐の永徽三年に沙門玄奘が塔を起こし、当初は五層のみで、磚表土心、西域の窣堵波(ストゥーパ)に倣ったものであった。長安年間に崩壊し、天后および王公が資金を出して十層に再建。その後の兵火を経て七層のみが残った。塔下の東西両龕には褚遂良が書した《大唐三蔵聖教序》と《述聖記》が保存されている。 唐 陝西省西安市 仏塔 · 唐代建築 · 西安 →
003 建築 興教寺塔 興教寺塔は西安少陵原の興教寺内に位置し、玄奘・窺基・円測の三基の舎利墓塔の総称である。玄奘塔が中央にあってやや大きく、唐の総章二年(669)建寺時に造立された。窺基塔・円測塔は左右に陪侍しやや小さい。玄奘塔銘・基公塔銘は唐の開成四年の原刻であり、円測塔銘の原石はすでに砕けており、塔上に嵌められているものは後世の復刻である。 唐代 陝西省西安市長安区 興教寺塔 · 興教寺 · 窺基 →