001 建築 独楽寺 独楽寺はかつて薊州に属し、旧志は寺が州治の西南にあると記す。寺中の観音閣の遼代における重修は、主に劉成碑の転引によって伝わる。統和二年、談真大師が入寺して重修し、閣は上下二層、東西五間、南北八架であった。『京畿金石考』は今なおこの碑を著録し、清代の方志はさらに乾隆十八年に帑を賜って重修したことを記す。近代の図録は山門・観音閣・金剛力士・観音像の旧影を残している。 遼 · 天津 · 天津市薊州区(旧・河北省薊県) →
002 建築 奉国寺 遼金交替の際、兵火が蔓延し、東北に割拠した遼代の寺院は一炬のもとにほぼ焼き尽くされたが、ただ義州の奉国寺のみが孤然として残った。大徳七年の碑はその因を追う。金紫光禄大夫の王珣は麾下に命じて常に巡衛させ、僧正の楊公はまた資財を尽くして修繕した。ゆえに殿中の七仏と九間の大殿は、そのままかの戦火を無事にくぐり抜けたのである。 遼 · 遼寧 · 遼寧省錦州市義県 →