002 建築 定県開元寺塔(料敵塔) 定県開元寺塔は河北省定州に位置し、俗に料敵塔と呼ばれる。明代の登塔詩は塔上から州城を俯瞰し辺塞を遠望する情景を多く詠じている。『燕山叢録』は塔頂に登れば百里先まで見渡せると記し、塔名と契丹への監視を結びつけている。1902年から1932年にかけての古写真は、木立・田畑・街路の中にそびえるこの塔の姿を記録している。 北宋 河北省定州市 定県開元寺塔 · 定州開元寺塔 · 料敵塔
003 建築 普寧寺 乾隆二十年(1755)、オイラト(衛拉特)四部の首領は避暑山荘で封を受け、賞賜を賜り、宴席で酒を奉じて万寿を祝った。普寧寺はまさにこの背景のもとで建てられた。「普寧」には雪山・葱嶺から西海に及ぶ臣庶をして「其の居に安んじ其の業を楽しましめる」との意が込められ、寺院は西蔵のサムイェ寺に倣って営まれた。乾隆二十七年(1762)、普寧寺の工事は竣工した。五十年後の嘉慶十七年(1812)には、大雄宝殿にすでに雨漏り、椽望の腐朽、檐椽の脱落が現れ、月台の石料にも酥鹼による破碎があった。翌年の奏報は殿頂の葺き替え、石料の換安、牌楼と牆体の粘補を予定している。柏葰が寺を訪れて詠んだところでは、首を仰いでもなお大仏の腹に及ばず、「更に一層の楼に上って」初めてその面容を見ることができた。 清朝 河北省承徳市 普寧寺 · 大仏寺 · 外八廟