001 建築 定県開元寺塔(料敵塔) 定県開元寺塔は河北省定州に位置し、俗に料敵塔と呼ばれる。明代の登塔詩は塔上から州城を俯瞰し辺塞を遠望する情景を多く詠じている。『燕山叢録』は塔頂に登れば百里先まで見渡せると記し、塔名と契丹への監視を結びつけている。1902年から1932年にかけての古写真は、木立・田畑・街路の中にそびえるこの塔の姿を記録している。 北宋 河北省定州市 定県開元寺塔 · 定州開元寺塔 · 料敵塔
002 建築 祐国寺塔 祐国寺塔は河南省開封に位置し、俗称「鉄塔」と呼ばれる北宋の八角十三層鉄色瑠璃磚塔である。慶暦四年(1044)、開宝寺霊感木塔が火災で焼失し、宋仁宗は一度諫言を聞き入れて再建を中止したが、五年後に再び「霊感塔を再建し、舎利を奉蔵せよ」との詔を下した。再建は旧塔をそのまま復元するのではなく、開宝寺東院の上方院へ移し、瑠璃磚で新たに建て直された。 北宋 河南省開封市 祐国寺塔 · 開封鉄塔 · 上方寺
004 建築 普陀宗乗之廟 楊煦が公文書の記録と清代の図像にもとづく考証によれば、乾隆朝の普陀宗乗之廟の大紅台はもともと完全な四層を備え、万法帰一殿の金頂は露出していなかった。その後、紅台は一層を失い、屋面に突き出た二基の紫檀木塔に塔罩亭が増築された。ムムがそれらを撮影してからほどなく、二亭は1904年に相次いで倒壊した。今日人々に親しまれた輪郭は、減層・添亭・倒壊、そして現代の復原を経たものである。 清朝 河北省承徳市双橋区 普陀宗乗之廟 · 普陀宗乗廟 · 小ポータラ宮