001 建築 奉国寺 遼金交替の際、兵火が蔓延し、東北に割拠した遼代の寺院は一炬のもとにほぼ焼き尽くされたが、ただ義州の奉国寺のみが孤然として残った。大徳七年の碑はその因を追う。金紫光禄大夫の王珣は麾下に命じて常に巡衛させ、僧正の楊公はまた資財を尽くして修繕した。ゆえに殿中の七仏と九間の大殿は、そのままかの戦火を無事にくぐり抜けたのである。 遼 遼寧省錦州市義県 遼代建築 · 大雄殿 · 七仏 →