001 建築 観星台 後世の文献は、古代の陽城における測景の伝統を西周の周公にまでさかのぼらせる。唐代にはここに石表が立てられ、元代には高さ四丈の表式観星台が築かれた。1930年代、中国営造学社の研究員・劉敦楨による調査が砲撃前の実測図と写真を残した一方、学社が委託された修復計画は戦火の急迫により実現しなかった。1944年の豫中会戦では日本軍の砲撃で台上東室が崩壊し、1975年の修復後も東壁に二つの弾痕が残されている。 西周 河南省登封市告成鎮 観星台 · 登封観星台 · 告成観星台 →
002 建築 北岳廟 北岳廟は河北省保定市曲陽県に位置し、唐代にはすでに明確な祠廟と碑刻の記録があり、現存する主体の徳寧之殿は元代の木造で、歴代にわたり北岳恒山を祭祀する国家祀典の建築である。本稿は唐代の封王碑、王禹偁と韓琦の重修碑、元代の加封詔碑などの原文を集め、あわせてオスヴァルド・シレーンおよび中国営造学社が撮影した正殿・回廊・斗栱・元代壁画の古写真を収録する。 唐朝 河北省保定市曲陽県 北岳廟 · 曲陽北岳廟 · 北岳祠 →
003 建築 善化寺 南宋の使臣・朱弁は金国に抑留された後、大普恩寺に移り住み、遼末の兵火で焼け残った瓦礫の中で十四年を過ごした。僧侶の圆満が資金を募り八十余楹を再建する全過程を目の当たりにし、その体験を碑記に書き残した。彼自身の囚われの生活が、この唐代古刹の再生の証人となったのである。 唐代 山西省大同市 善化寺 · 大普恩寺 · 開元寺 →