001 建築 銀川海宝塔 海宝塔は寧夏銀川市の北に位置し、旧称は黒宝塔・赫宝塔。方志は十六国胡夏の赫連勃勃による重修と伝える。清の趙宏燮碑は九層、天盤を含め十一層、高さ十一丈と記す。2006年の塔基考古調査では坐仏像文様磚などの遺物から、寺塔の創建を北朝晩期から隋唐期と初歩的に判断している。 十六国-胡夏 寧夏回族自治区銀川市 古塔 · 北朝晩期から隋唐 · 清代の重修 →
002 建築 房山雲居寺 雲居寺は北京房山の石経山の麓に位置する。隋の大業年間に僧の静琬が末法に備え仏経を石に刻み、その後唐の金仙公主が経典と田地を寄進、遼の朝廷が四大部経を出資して続刻した。千年以上にわたり計1122部・石経板14278枚を刻成。1942年の日本軍砲撃で殿堂は全壊したが、岩洞と地穴の石経は無傷で残った。 隋 北京市房山区 石刻 · 仏塔 · 石経 →
003 建築 隆興寺 隋の開皇六年、恒州刺史が勅を奉じて州人一万を勧奨し、共に龍蔵寺を建てた。寺名の「蔵」は zàng と読み、仏教では大乗経典または龍宮の経蔵を指す。後に寺額は龍興寺と改められ、明代の都穆は殿前に半ば土に埋もれていた隋碑から、両者がもとは一つの寺であることを見抜いた。康熙四十九年にはさらに「隆興寺」の額を賜った。三つのよく似た名前は、今なお寺内に残る一通の隋碑によって結び合わされている。 隋朝 河北省正定県 隆興寺 · 大悲閣 · 摩尼殿 →
004 建築 善化寺 南宋の使臣・朱弁は金国に抑留された後、大普恩寺に移り住み、遼末の兵火で焼け残った瓦礫の中で十四年を過ごした。僧侶の圆満が資金を募り八十余楹を再建する全過程を目の当たりにし、その体験を碑記に書き残した。彼自身の囚われの生活が、この唐代古刹の再生の証人となったのである。 唐代 山西省大同市 善化寺 · 大普恩寺 · 開元寺 →
005 建築 大理崇聖寺三塔 崇聖寺三塔は雲南省大理古城の北西、蒼山のふもとに立つ。主塔の千尋塔は方形密簷十六層で、『雲南通志』によれば塔頂款識は唐の開元元年(713)、南詔が唐の匠人・恭韜と徽義を招いて造営したとする。南北に控える二つの小塔は「それぞれ金を鋳て頂とし、頂に金鵬あり」、旧伝に「龍は塔を敬い鵬を畏る、大理はかつて龍沢なり、故にこれを以て鎮む」という。 南詔 雲南大理 古塔 · 南詔 · 大理国 →